微妙なお年頃の日々

四十路の微妙な日々をつづるどうでもいい話

変わり映えのないマッチングアプリ記

マッチングアプリを続けている。

いいねもマッチングもしてないので、やっているというか、ウォッチングしていると言われると、否定はしない…。

(いつもの枕詞終わり)

いつも同じこと書いている、いつものマッチングアプリ記だよ。

(おばさんは同じことを延々と話す)

毎回、おすすめの人が10人位表示されるのだが、オシャレひげとか、ゴルフとか、筋肉とか、年齢より若く見えるとか…、このバイタリティーには頭が上がらない。

自分の枯れっぷりが身につまされる…。

(こういう人達はこっちに来ないけれども!)

あと、ちょっと前に、プロフィールに写真を載せてから、こんなに人いたんだというくらい、同じ地域の人の足跡やいいねが付いている。

今までどこにいたのか、地域に突然流行りがきたのか、謎である。

どんな写真でもあると違うのだな(私も写真がある方がいいし)。

来る人のタイプは変わらず、ほとんど年上、離婚者である。

こんな私でこの状態なら、下の30代、20代の人はこの何倍もいるのではないか?

年下にいける自信には頭が上が(略)

毎回のように書いている、かなり年上の人がいいねをくれると、自分の歳具合によよよとなる問題である。

年下はゼロに近いくらいいないので気にならないが、年上の場合はかなり多く、よよよとなりっぱなしなので、とうとうプロフィールに大きな歳上はごめんと書いてしまった…。

大したことないくせに注文の多いやつと思われそうかなと迷ったが、よよよのモヤモヤは減ったので良かったかなと思っている。

時折、合う人はいないのでは?とか、ハードルを下げれば?とか惑うが、付き合わなければならない訳ではないと思い直す。

若いのが好きな人はそれでもいい人にいけばいい。

合わないし、来ないし(これは私と同い年の人)。

私は私のものだし、いいかなという人が現れたらその時でいい。

…そんなことを言っているからこのザマなのだけれども!

いや、まあ、それだけが全てではないのだ。

もうあと数十年で終わってしまうのだから、大切にしなければ(それを考えただけでヒヤヒヤする…)。

生きてるだけで丸もうけだ!(自分を鼓舞)

ネット記事だと、男性は50から100ものいいねを1ヶ月にしているという(すごい)。

逆に女性はいいねを待つのが多いらしい。

しかし、年上女性が年下にいくこともあるらしい…。

老いると若さを求めてしまう…、種の保存のため健康体を求める本能なのかもしれない。

老い(死)を見るのは恐ろしいし、自分はいつまでも若いと思っている。

気持ちはわかる。

私も自分の老いに気付きにくい(老いてる老いてると書いているけれど、年上の人を受け付けられないし)。

問題は、受け入れてくれる相手がいるのか…。

求められるまま受け入れたり、数打ちゃ当たるとシンプルになれたら、幸せなのかもしれないけれど…、それができたらこのザマにな(略)